3月23(土)~24(日)日に,台湾大学で,台湾STS(science, technology and society)学会の年次大会が開かれた。私は1日目の「東アジア技術論壇」でパネル報告をしたほか,5つの分科会の議論を傍聴した。STSという学問のおもしろさを実感するとともに,日台のSTSの研究事情の違いの後ろにある社会科学の歴史や,分野構成の違いについても考えさせられるた2日間だった。
去年の大会参加記でも述べたが,台湾のSTS研究は,総じて批判的,実証的,実践的な性格を持つ。今回の大会でも,公害紛争や医療技術を事例として,自分の身体や生活空間に対する決定権の「蚊帳の外」に置かれることとなった人々に焦点をあてた研究報告が目についた。具体的な事例をもとに,科学技術の「客観性」の政治的・社会的構築性を論じるというアプローチのものが多い。科学技術の「客観性・科学性」のブラックボックスを開ける作業は,環境アセスメント,疫学調査,医学的因果関係といった専門的な知識によって排除される人々をエンパワーするという実践的な含意も持つ。
会場は初めて存在を知った台大・水源校舎。 |
校舎のなかにいた黒犬。分科会中にワオーンと遠吠えする。 |
日本の状況はどうか。2000年と古いデータだが,「日本のSTS教育・研究の現状」から研究者の専門分野別データをみると,「科学技術史」53名,「哲学」52名,「経済学」43名,「工学」42名が上位を占める一方,「社会学」という専門分野は選択肢にも挙げられていない。51名も該当者がいる「その他」や,36名も該当者がいる「その他文学」に多数の社会学者が紛れ込んでいるような気がするが,「社会学」は,独立した学問分野として選択肢に入ってすらいないのだ。
ここからは,日本の「科学技術と社会(STS)」研究における社会学者の不在,日本の学問分類のなかでの社会学の不可視性という興味深い現象がみてとれる。
学会ポスター。 |
今回,台湾に滞在して改めて驚かされたのが,社会学の活況ぶりだ。これはおそらく,台湾の学術界がその強い影響下におかれているアメリカの状況を色濃く反映してもいるのだろう。
実践面でいえば,台湾の社会学部は,社会運動のリーダーやメディア記者の輩出源として社会的なプレゼンスを確立しているようだ。この1年の間にも,台湾では,都市再開発をめぐる紛争(士林の文林苑事件),反メディア寡占運動,反原発運動といった社会運動が起きたが,これらの運動には,多くの社会学部の教員や学生たちが参加している。そして彼ら・彼女らの運動は,再開発をめぐる法制度の見直し,旺中グループのメディア事業拡大の阻止,第4原発をめぐる国民党内の意見対立の発生といった具体的な成果を生み出してきた。
研究面でいえば,「批判的,実証的,実践的」という台湾STS研究の性格は,台湾の社会学の性格そのものだ。台湾の社会学徒たちの研究をみていると,彼ら・彼女らが,「社会の主流の価値観や,当たり前とされる物事を疑う視点」「学問的にも実践的にも意味のある問いを設定することの意義」を大切にしていると感じる。ジェンダーの視点も強い。そして,そのような「社会学的思考/志向」が,上述のような社会運動やメディアでの意見発信を通じて,社会とのあいだに相互作用を持っているように感じる。
「木綿花」の鮮やかな季節がめぐってきた。 |
日本の社会学が,台湾の社会学のような活気と国際性を持つのかどうか,私はよく知らない。
しかし,台湾における社会学の社会的効用を見るにつけ,また研究領域の多様化や,分野間での望ましい評価基準・発信形態の違いへの配慮の消失といった近年の趨勢を見るにつけ,日本でも,老舗国立大学で特に顕著な「法・経・文体制」を解体して,社会学や政治学といった法・経・文のサブセクターに位置づけられている研究領域にも独立王国を築いてもらって,それぞれ発展を追及してみてはどうか,という妄想がひろがる。
少なくとも,目新しい名前のついた学際的学部を新設するより,社会学部・文化人類学部・歴史学部といった,東アジアや欧米に交流対象となり運営のモデルともなる学部があるような学部を開設することのほうが,日本の文系の研究・教育の国際化と活性化につながるように思うのだが。
もっとも,ある領域を組織として独立させさえすれば,その分野が自然と活性化するという発想自身が,組織の「社会的埋め込み」を無視した,社会学的リテラシーを欠いた発想なのだろうけれども。
STS学会の懇親会にて。 |
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