2012年10月28日日曜日

台北の本屋さん その2:「本の気配」のする街


台北に住んで,東京での暮らし(←私は川向こうの某県民になって久しいのだけれども)を懐かしく思うことの一つが,「町の本屋さん」の存在だ。日本でも最近は,小型書店が次々と姿を消しているという。それでも,台北に住んでみると,新刊書店がコンビニや居酒屋とおなじように街中に溶け込んでいる日本の風景が,とても懐かしく思われる。

駅ナカや商店街に書店がひょっこり顔を現わす東京圏に比べると,台北の本屋さんの立地は,ずいぶんと体系だっている。書店集積エリアがいくつかあるのだ。

中国語の閲読力の不十分な私は,専門関係の書籍と雑誌,ベストセラー小説を少々買う程度の半人前以下の本の買い手なのだが,なじみのある本屋さんについて,少し書いてみたい。

台北の「書店街」として古くから知られるのは,台北駅からほど近い重慶南路だ。最近,ここでは書店の廃業が相次いでいるという。寂しいニュースだ。ただ,私はここの本屋とはあまり縁がなかった。公務員やサラリーマンが多く,予備校街に近いという場所がらもあって,実用書,参考書,中国文学や翻訳小説といった本が一通りそろっている古めかしい本屋が多い。店ごとの個性はあまりはっきりしていない。


台北駅前・重慶南路の書店街。

私がよく行くのは,台湾大学メインキャンパスの向かい,新生南路とルーズベルト通り(羅斯福路)に挟まれた一帯だ。老舗書店が軒を並べる重慶南路とは違って,比較的新しい小さな個性派書店が住宅街の中に点在している。

なかでも好きなのが,唐山書店(*羅斯福路三段333巷9號地下室一樓)。社会学,カルチュラルスタディーズ,思想史,美術史,都市研究,ジェンダー研究,台湾史研究など,社会科学・人文系書籍が充実している。平台には,最新の出版物やロングセラーが見やすく並べられ,ゆっくり手にとって眺めることができる。台湾の批判的研究の潮流がよく分かって大変おもしろい。



演劇や映画のポスターで埋め尽くされた階段を地下へ。アングラ感,たっぷり。

小さな入り口から怪しげな階段を下りた地下室にある唐山書店の店内は,床があちこちはがれ,古びている。しかし,不思議と居心地のいい空間だ。夏には,高い天井でゆっくりまわる大型扇風機の音が耳に心地よい。
 

社会科学系の品揃えが充実している。
もうひとつ,私の専門とは距離があるので眺めるだけのことが多いのだが,よく足をのばすのが「台灣e店 」(eは閩南語で"の"の意,新生南路三段76巷6號1樓)。台湾の歴史,自然,文学の書籍のほか,台湾の自然や動物をモチーフにしたTシャツや雑貨,音楽CD等が置いてある。年季が入ってきたからか,店内になんとなく生活感!?がある。

先日,ここに行ったときに日本植民地統治期のある台湾人作家の日本語小説集について聞いてみた。その時は「置いていない」という返事だったが,連絡先を聞かれ,後から作品の入手可能性についての電話をもらった。嬉しかった。


「台湾e店」


再び大通りの新生南路に戻ると,社会科学系の本が充実している「聯經出版」や,誠品書店・台大店といった中型の新刊書店がある。前回の投稿では,誠品書店・信義旗艦店について批判したが,その時念頭に置いていたのが,同書店の敦南店と,ここ台大店だった。いずれも,本が読みたくて集まってくる人たちで賑わういい書店だ。大学が近く,個性派書店のそろうエリアにあるからか,手頃な店舗のサイズが活気をつくり出しているからなのか。おしゃれだけれども空虚な感じの漂う信義旗艦店とは違って,ここ台大店は生き生きとした本屋である。




さて,最近,このエリアでは,おしゃれな古本屋がぽつぽつと現われてきている。こちらは,新生南路と羅斯福路にはさまれたエリアでみつけた「二手的書店」。大きなガラス張りの店内は明るく,本の整理も行き届いている。




羅斯福路の西側にあたる「公館」エリアには,友人に教えてもらった古本屋チェーン「茉莉」(羅斯福路三段244巷10弄17号)の支店がある。こちらも棚がきれいに整理されていて,小さい店ながら,並みの新刊書店より品揃えがよい。多くの日本の古本屋とは違って,ジャンル・カテゴリー別に棚が分けられているので,分かりやすい。





二手書店「茉莉」。賑わっている。


日本文学コーナー。

ちなみに,このエリアは,学生街であることもあって,一休みするのにぴったりのお店がいくつもある。新生南路側ならば,夏は各種かき氷,冬は焼仙草や湯圓を楽しめる「台一牛奶大王」へ!

学生や買い物客でいつも混んでいる「台一」。

マンゴーかき氷。かなりの分量だが,とてもおいしい。

本屋といえば,やはり喫茶店。「公館」エリアには,藤井省三さんの『村上春樹のなかの中国』(朝日選書)にも出てくる「ノルウェイの森」「海辺のカフカ」という二軒の喫茶店がある。どちらもゆったりくつろげるいい店だ。




ノルウエイの森
このエリアを歩くと,本はやっぱり本屋で買うべきものだなぁ,と思う。自宅で一人でDVDを見るのと,映画館の暗闇のなかで見知らぬ人たちとともにスクリーンを見つめるのとがまるで違う経験であるように,クリック一つで本を買うのと,本屋の賑わいのなかで,誰かがつくった棚から本を選び出すのとは異なる体験だ。

神保町・東京堂の元店長さんが『書店の棚 本の気配』(佐野衛,亜紀書房)という本を出したという。本屋の仕事と,本屋という空間の意味を端的に表すいい書名だ。

本屋とは,本を棚に抜いたりさしたりすることを通じて,売り手と買い手が無言のコミュニケーションをとる空間なのだと思う。今日紹介した小さな書店の棚からは,「本の気配」と棚をつくった人の気配を感じ取ることができる。そしてこのエリアには,この記事では紹介できなかった本屋,私の知らない本屋がたくさんある。ぜひ探検してみてください!


2 件のコメント:

  1. 桃子さん、街場の小さな古本屋から、このブログを読ませて頂いて、大変勇気付けられました。新刊であれ、古書であれ、大系的な読書を提供できる場でありたいと、身の引き締まる思いがします。

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    1. 読んでくださってありがとうございます!本屋さんってまさしく,緩やかな体系を提供する場ですね。特に古本屋さんはその性格が強いと思います。中畑さんのお店,応援しています!

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