9月30日の中秋節を境に,とつぜん秋がやってきた。空から巨大なホースが下りてきて,夏のあいだ空気をパンパンに膨らませていた水分をすっかり抜き取っていったかのようだ。代わって乾いた空気が降りてきた。「読書の秋」の到来だ。
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10月の光(長興街・台湾大学宿舎にて) |
週末,久しぶりに,台北の本屋さんめぐりをした。土曜日は,開店7周年セールで大賑わいの新光三越信義店を横目に,誠品書店の本店へ。
誠品書店は,いまや台湾が世界の華人読書圏に誇る文化資産だ。今年8月に香港への出店を果たし,再来年は蘇州への出店を予定しているという。
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誠品書店信義旗艦店(MRT市政府駅すぐそば) |
1995年に,誠品書店敦南店が現在の場所に移転・オープンしたときの衝撃は忘れられない。こと大型店に関する限り,相当に寒々しい状況にあった台湾の書店界に,突如,神々しいばかりに光輝くハイブロウな書店が出現したのだ。高級感あふれるオーク調の木材をふんだんに使った店内は,間接照明の光に照らし出され,コーナー間のつながりを巧みに実現した売り場の横には,洗練されたカフェが併設されている。今から思うに,店内設計はアメリカの大型高級書店,別フロアに輸入文具等のテナントを入居させるスタイルは丸善等に,それぞれ範をとったのではなかろうか。
その後,誠品書店は台湾の読書文化の旗手として急速な成長を遂げ,台湾の主要都市に多数の店舗を構えるまでに成長した。書店以外にも,地下街等でフードコートを展開するなど,空間プロデュース業のような展開をしている。
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信義旗艦店の店内。什器が豪華。 |
さて,2006年にオープンした信義旗艦店は,地上6F,地下2Fという巨大店舗。いまや台湾の読書文化,消費文化のランドマーク的な存在ともなっている。香港やシンガポールの文化人の多くが立ち寄る店だともいうし,日本人研究者もここに買い出しに行く人が多いし,とにかく「台湾を代表するすばらしい書店」ということになっているのである。
だが・・・・私はどうにもこの信義店が好きにはなれない。これだけ統一感のある「おしゃれな空間」を創り出したハード面の技量には感銘を受けるが,肝心の本屋としてのソフト面がついてきていないと思う。そう感じるのは,部分的には,私が中国語書籍の本当の読者ではなく,台湾の書籍世界の文脈を知らないため,この書店の空間構成が発するメッセージを受け取れていないからなのかもしれない。でも,同じ誠品書店でも敦南店や新生南路店にはこの物足りなさを感じない。ひとえに,信義旗艦店の巨大さに伴って現われている問題であると思う。
誠品書店は威信をかけて旗艦店をつくったものの,本業での実力でこの巨大な箱物を使いこなせず,余った面積をテナントに切り売りして商売しているように見える。実際,書籍売り場が入っているのは2階と3階だけ。その部分にしても,同じフロアのなかに書籍売り場と,アロマ製品・輸入雑貨・ITガジェット等のテナントが混在しているのが,どうにも座りが悪い。
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奥は家具,バッグ屋さん。 |
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こちらも,奥は調理器具,リビング用品屋さん。 |
書籍売り場にしても,スペースにゆとりがあるのは素晴らしいのだけれども,何度も通ううちに,これは空間を使い切れていないだけなのではないか,と感じるようになってきた。台湾の書籍市場での流通点数がこの巨大なスペースを満たすほどのボリュームに達していないからなのか,回転の悪い書籍は置かないようにしているからなのか。いずれにせよ,スペースを無駄なく活用して,本を大量に用意して客を待ち受けている日本の大型書店に比べると,「無駄に広い」印象を受けるのだ。
そして,肝心の企画力がいまいち。たとえばこのコーナー↓。遠くから見ると,木村伊兵衛の有名なスナップショットが目に飛び込んでくるかっこいいコーナーだ。しかし,近寄ってみると,肝心の本の品揃えがなんともわびしい。いくらでも工夫ができるはずなのに,どうにも見かけ倒しだ。
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棚の上には申し訳程度に木村伊兵衛,そして蜷川実花の写真集が。 |
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くだんのコーナーと写真集売り場はなぜかノート売り場によって区切られている |
さらに,日本書店の風景と比べると,「若い店員さんしかいない」こと,店員さんが棚の間を行き交う光景をあまり見かけないことに気がつく。
日本のあるベテラン書店員が,「本屋の売り場には,老若男女の店員がいなければならない」と指摘しているのを読んだことがある(石橋毅史『「本屋」は死なない』新潮社,2011年)。若い女性で売り場を固める書店が増えているが,そうすると,女性の好みに合わない本が並ばなくなり,棚のバランスが崩れてしまうのだという。
長年にわたって洪水のような新刊書の流れのなかに身を置き,本についての知識と売り場構成についてのセンスを身につけたベテラン書店員の役割も,重要なはずだ。
日本の実力のある本屋さんの社会科学のコーナーを眺めていると,古典と新刊を的確に組み合わせ,複数領域にまたがる本を最も的確なジャンルに分けていたりするのに出会って,「おお~!」と声をあげたくなることがある。閉店してしまったが,ジュンク堂新宿店では,棚分類を見るだけで勉強になった。自宅の最寄り駅の小さな駅ナカ書店も,人文系の品揃えにきらりと光るセンスがある。どれも,本に対するアンテナを高く張り,日々,商品知識を磨いている書店員さんの地道な仕事のたまものだと思う。新聞や雑誌の書評欄を中心とする制度化された日本の読書市場の存在も助けになっているのだろう。
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台湾文学のコーナー。 |
9月の帰国時に立ち寄った八重洲ブックセンターの文庫コーナーで,お客さんが,あまり有名とは思われない時代物作家の名前をあげて,曖昧な記憶に基づく要領の得ない質問をしていた。これを受けた店員さんが,端末検索もせずに,すらすら文庫シリーズ名をあげ,ついでにその作家の新刊についても紹介していた。ああ,この人たちはプロだなぁ,とほれぼれした。同時に,いろいろなお客さんが書店員に声をかけることで,書店の現場力は磨かれていくのだろうなぁ,とも感じた。
そんな,「人」に強みのある日本の書店に比べると,この店の売り場は,アルバイトのように思われる若い店員さんばかり(しかも広大な売り場面積に対してかなり少ないと思う)。店員がお客さんを棚に案内したり,一緒に本を探したりしている光景もあまり見かけない。
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台湾文学のコーナー その2 |
というわけで,この信義店は,誠品「書店」の旗艦店ではなく,洗練された消費文化のマーケティング屋へと多角化した誠品グループのショーウィンドーとして楽しむべきなのだろう。誠品「書店」の実力のほうは,ややこぶりな敦南店のほうでこそ発揮されているのだと思う。
「本屋を楽しむ」と思わず,台湾の消費文化の最前線をのぞきにいくつもりで出かければ,信義旗艦店も,大いに楽しめる空間なのだろう。
This is true. Eslite Xinyi is a department store rather than a bookstore. It had three floors for books originally, but becomes two floors now.
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