丘の上からGoogle本社を臨む(Mountain View) |
創業をめざす起業家の卵たちは,投資家向けに,pitchingというプレゼンを繰り返す(その基本的な型についてはこのブログが分かりやすい)。その冒頭で必ず提示しなければならないのが,その起業プロジェクトが,「いかなる問題を解決しようとしているのか」,「自分たちは,その問題をどう解くか」についての見取り図だ。リサーチプラン,研究論文のイントロとほぼ同型である。
pitchingでは,起業家が解決しようとする問題を実際に抱えている人がどのくらいいるのか=「ユーザーはどの程度見込まれるのか」も,重要なポイントだ。社会科学には,ローカルな現象だけれども重要な問題がたくさんあるので,「その問いを抱いている人の多さ」が,単純に研究の意義を決めるわけではない。けれども,古典となっている研究が,広範な社会現象を理解するための見通しのきくメガネや切れ味のよい刀を提示してきたことを考えると,多くの人が直面している問いに挑もうとする姿勢が,スタートアップ企業と社会科学の探求に共通する重要な出発点なのだと感じる。
自分にできることとできないことを見極めること,野心的な目標に挑戦することが大切なところも,両者の共通点だ。私が尊敬する先輩や同業者たちにも,自分の研究を育てる力だけではなく,研究成果をうまくマーケティングする力を備えている人が多く,彼ら・彼女らの姿をみていると,起業家的だなぁと感心する。
バークレーの丘からみるゴールデンゲートブリッジ |
起業家と研究者は,一見,マイペースの一匹狼のようにみえて,仲間の存在に大きく依存する「社会的」な人々である点でも,似通っている。
私が出会った台湾人起業家の多くは,「自分が起業するなんて思ってもみなかった。ここの環境が私を起業家にしたのだ」「周りがどんどん起業していくのを見ていると,自分にもできるはずだ,という気持ちになるんだ」と語る。実際,起業家たちの多くは,「シリコンバレーの経営者」と聞いて想像するようなアグレッシブなタイプではなく,温厚でまじめで,どちらかというとシャイな技術者タイプの方も少ない(しかし皆さん,共通して,決然とした雰囲気はお持ちである)。entreprenuerialな環境が人をentreprenuerにするのだ,としみじみ感じる。
起業家と同じように,研究者も,周囲からの「影響のネットワーク」に強く影響される。
Moretti[2012]は,個人の生産性が周りの人の生産性から強い影響を受けることを指摘しているが,そのなかで彼が繰り返し例に挙げているのが,研究者の生産性だ。モレッティによると,「ハイテク企業がそうであるように,学者は,意見を交換しあえる優れた同僚に囲まれたときに,より生産的,よりイノベーティブになる」(p.198)。例えばワシントン大学セントルイス校の経済学部は,「優れた研究者の存在が優れた研究者をさらに引き寄せる」メカニズムに注目して,二人のスター研究者を高給(年俸60万ドル!)で引き抜き,普通の給与で優れた研究者をたくさん引き寄せることに成功したという(p.198-199。但し,2008年の金融危機のあおりを受けて,この戦略は途中で挫折したそうだが)。
しばしば,特定の時期,特定の場所から,トップ・アイドルや五輪選手や偉大な芸術家やイノベーティブな企業が大量に出現することがある。それはきっと,憧れたり,まねしたり,競争心を燃やしたりする「他者」の存在が,各人を,思っていたより一歩遠いところに引っ張っていく力を持っているからのなのだろう。「影響のネットワーク」の力の大きさを感じる。
シリコンバレーはここから始まった:Mountain View,ショックレー研究所跡にて。 |
この二つの土地で,自分の選んだ道を,誇りをもって歩んでいる多くの人々に出会えたこと,entrepreneurialな風に当たることができたことに,深く感謝している。この二つの土地で受けた影響を,私自身の力に転化して,「解くべき問い」の探求を続けること。「影響のネットワーク」の末端に連なり,私の考えたことや経験を,具体的な仕事のかたちにしていくこと。それが,台湾とバークレーで私を支えて下さった方たちへの,私にできるただ1つの恩返しなのだと思う。